しなやかに、そう、「あんち不自然」に、「生きて」いきたいよな
あきらめは切実に肝心で、「大人」だろうと「子供」だろうと、ヒトとの関係では、どろどろと、意外と誰でも、チープに悩み続けるわけで、それは、「くだらない」とかそんなんじゃなくて、仕方ないことだし、自分だけ「孤高に格好よく」生きていくことなんて、できないわけで、自分だけ違うと思ってみたり、そうやって格好つけるのは、逆にさらにチープで、あまりに、さみしいヒトだったりするんだよな 仕方のないことなんだよ 逃げるなよ、格好つけて「自分だけ違う」を叫ぶなんて、逃げ、いや、ばかだ
やめることはできない 「生きる」ことをやめることはできない いろんなヒトの中で、自分を「在り」続けさせるためには、自分だってチープに悩んで、汚いと思われることを誰かにされても、したたかにし返す、それって、自然なことだね したたかじゃないヒトなんて、いないんじゃないか? 自分のために、生きないヒトなんて、いないんじゃないか?
しなやかに「生きる」ことって、慎重に、ヒトを信じないで、自分を信じさせることなのかも笑
言ってしまえば、そうかも 傷つかないために、慎重に、慎重に バカを見るのにはもう疲れたんだ 自分のための、自然なご都合主義を、もっとしなやかに、やってしまえばいいんだ 偽善者ぶって「がんばっちゃっても」意味ないね 勝手に傷ついてる自分の滑稽さに独りで、自分を嘲笑えるくらいか?はははは、どんだけさみしんだよ、私は
そうなんだよなー、さみしいんだよ、たぶん、根本的に
このまえのぐだぐだな愚痴りは、忘れよう 一番だっさいのは自分だもん、あきらかだね 一番あきらめが悪いのは自分だもんな そうだ、私のプロフィールに付け加えようかな、「諦めが悪すぎる」 ある意味、またひとつの大きなテーマなんだよな、「諦めが悪い」ってのは 悩むってこと事態、どうしようもないよ、ってドライな気持ちになってても、そりゃ、諦めきれないからなんだよ 過去に一番こだわってるのは自分だし、「乗り越える」とか、そういうのさえ、面倒だし、格好悪い気がするんだ 「乗り越える」?っは!何さ、何もないよ、なかったんだよ、過去には あんなの、あんな過去なんて、「乗り越える」までもなく 私は何にも縛られてないんだ!・・・・・・・って、思いたいんだね 格好悪いね
ま、自分、その、自虐的な格好悪さって、嫌いじゃないんだけどね
テーマなんだよ、ひとつの 諦めが、悪い、って たかぎ 絢花
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