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2009年1月

通り過ぎまして

鬱と躁とを潜り抜け、通り過ぎ、もはや穏やかですらある・・・気がする

「正しい」道が、一応去年の4月に切り開けたのに、ぐんぐん外れて、いま、新しくのめりこみたい「正しく」ない道ができて   ははははは、無理だよ!って知りながら、そっちに流れて行きたくて、いやいや、分かってるんだよ?ダメだって  でもね、全部、捨てて、行ってしまいたい気もするんだよな   そして、結局、全部無理で、「正しい」道で立ち止まってるけど、動く気力もない  どっちも諦めて、消えてしまいたい  病んでるな、かっこわるい

もういいや

やめてしまおうかな すでに無気力マックス・・・ある意味穏やか笑 

具体的な話、単位がピンチなのに、私は、ひっきーして、無勉強

山口は雪で、久しぶりに(初めてかも?)スキー場以外で積雪を見ました  マンションの下で、子供が雪で遊んでいる  元気だなー・・・遠い眼で見てしまう  老けてるか  その風景だけが、夢のようにふわふわ見える  あー、こりゃ幻影ですかー  笑い声が脳の奥で響く  ああ、本当に夢だったらいいのに

具体的な話、一年間休学して、いまやりたいことに、没頭してみたい

そしたら、諦めがつくかねぇ   リアルにぶっちゃけたな

このまま「正しい」道のまま妥協的に進んで、どこかで、爆発して、消えるよりも、

ああ、考えちゃいけないねー、早く諦めろよ、自分

穏やかと言いましても、内情は精神ぐっらぐら  突然うわーって叫んで逃げ出したくなる

じつは、登校拒否してます笑

あー、もー。

頑張れよ、自分   たかぎ 絢花

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いたすぎるてつや

テストが始まりだして・・・お腹を壊してる

弱音を吐きたいけど、自己管理の甘さを責められるのも嫌だから、ここで、言わせていただきます

もう嫌だ!

お腹痛いよー、とくに寒いと、リアルに歯がガタガタ言っちゃう、痛すぎて(自分、顔死んでるんだろうなー)血便が出るよー(きたねー)

期末という大事な時にかぎって・・・いや、大事な時だからこそ精神的に自分を追い詰めて、さらに体調を悪くしてるんだろうなー自分情けありませぬ

で、今日も眠れなそう  お腹が痛くて!

いやいや、眠れないほど痛いくせにブログ書いてるやん!ってかんじですか?いやいや、この記事書き始めてから3時間は経ってるのよ、悶えながら少しずつ書いてるの笑  えー、そんなに辛いなら横になってなよ・・・ってか?いやいや悶々とただ痛さにうなされて眠れずにいたら鬱になるし、苦しみながらも書いてる方が楽なんだ   3時間前まではレポートをやっていましたよ、痛くて痛くてコトバが暴力的なレポートに仕上がってしまった、が、しかし、膨大なレポートの1個目がやっと終わった・・・時間がない・・・しかし、腹も痛い

明日、知り合いに高級割烹に連れて行ってもらえるはずやったのに、この分だと、確実に行けないわ  おしい、おしすぎる・・・久しぶりの生魚を食するはずだったのに・・・

あー、明日自転車こぎたくねーよ  休みてーよ・・・あーあーあーあーあーあーいたいー・・・我が腸よ、今年こそ、強くなっておくれ  たかぎ 絢花

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24時間、起きてるよ

呑んで、徹夜で、ぐだぐだ病んで、力尽きて、おひさまとご対面した今になって、やっと、眠れそうな気配

あー病んでる病んでる 堕ちてる堕ちてる  

こんなことしていてはいけませんね

分かります、だめですね  健全に「生きて」かなくては

でも、もっと分かります

自分が健全な楽しみよりも、危険で誘惑に満ちた暗い「快楽」を望んでしまうこと

格好つけた言い方だね、「快楽」なんて  でも、コトバはあってると思う  若干のいかがわしさと高い依存性が表れてる   「楽」の一種に変わりはないんだけど、虜になってしまう、そんな「楽」なんだ、陳腐な言い方だけど

せかく眠れそうな気配がやってきたから寝ようと思ったんだけど、記録しておかなくては、と思って思わず書き込んでる絢花です  ヒトと関わる機会が増えるたびに猜疑心に苛まれて、自分がどんどん無責任に明るくなって、躁状態に陥っていくのが分かる    

逃げたい  言いたいことはただひとつだ

「俺は死ぬのなんて全然怖くないですけぇ」

やくざもん気取りのコモノがのたまった  ちっさいな、このヒト・・・哀れに思ってあげたけど、態度が始終身の程知らずにでかくて、無責任で、コモノすぎて、まことに残念であったので、ココロの中で、つい、じゃぁ、死ねや、と吐き捨ててしまった  もちろん表面上には何も感情を出さない、出してあげるつもりもない、価値がないから

こんなに上から目線で言える立場じゃないけど、もったいないんだよ、脳キャパシティーがミニマムすぎて、言っても分からないから  バカだから、コトバを形として受け止められても、表現として受け取ることができないんだから  バカに何言っても、通じない・・・ここで言うバカとは、学業成績的なバカではないよ、もちろん

言いたいことは、ただひとつなんだよ、逃げたい

そんなこと、えらそうに、言うものじゃないんだ   そんなに言いたいなら、ひとりで死んで、誰かを泣かせてみろ  後悔先に立たず   誰も泣いてくれなくても、死んでしまってからは、後悔すら、できないんだ

病んでるな、疲れてるんだ、寝よう   たかぎ 絢花

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唐突な質問をした、彼へ、憎しみをこめて苦笑

躁な状態が続く

厄介に騒いで、周りがひいているのに気づいていながら、止められない

あーあー   気持ち悪い  胸糞悪い

生理的に苦手な相手にずっとにこにこ笑って話を合わせなくてはならん  気持ち悪い

かちん、とかなりくる・・・そして、自分に根拠のない過信とプライドがあることに気づく  胸糞悪い

平気でへらへら笑っていたい  かっこ、わるすぎ   

逃げたくなる  ずるいから  

かわいげがない、と言われる  わかっちゃいるけどむかむかする

可哀そうな性格だね、と憐れまれる  ぶん殴ってやりたい  あんたの方が、かわいそうだよ

なんで生きてるの?と聞かれる 

命があるから  え?  死にたくないから  え?  生きるか死ぬかは背反条件で繋がる要素なの、半分死んで半分生きることはできない、3分の1生きて3分の2死ぬことはできない、絶対にいずれかひとつなの  え?

お前みたいなやつが何で生きてるんだ、的なニュアンスの質問をされて言ったコトバたち

―――お前こそ生きてるのが可哀そうだ、死ねよ

めちゃくちゃな容姿に見るからに「できない」雰囲気を漂わせる誰もが口をそろえて言うであろう「きもい」おやじが、唐突に「何で生きてるの?」とまるでお前なんか生きる資格ないぞちっくなニュアンスで言ってきた   「お前が死ねよ」   思わず汚くココロの中で吐き捨ててしまった、自分のことなんか棚に上げて、嫌悪感に任せて、暴言を吐く

厭だ

気持ち悪い 

疲れてる   ふざけた質問じてくるんじゃねーよ  我慢ができなくて書いてしまった  疲れてるんです、こんな醜くヒトを罵りたくないけど、ココロがささくれだって、当たり散らしてる   ごめん  たかぎ 絢花 

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アンチ・へんけん

あけましておめでとうございます  めでたいことなど何もないが、命があって今とりあえず一年をこせたことにとりあえずめでたいと言っておこう・・・みんなそんなものですよねー

そこらのあばずれみたい

G・Pが仰せになりました  

グレート・ペアレント。

そうです、絢花は両親と子供が同じ人種だという固定概念に反対派なので、敢えて言いますが、絢花の両親はまさにG・Pです  ココロから尊敬してるのは確か  でもね、「親」という立場のヒト誰もが気づかないうちに持っているその固定概念に、狂乱するほどの嫌悪を抱いたのは、もう7年前なんだよ

露骨に教師の親が子供に教師になりなさい、とかいう次元の「同じ人種扱い」なら、反抗のしようもありますわな  だって露骨に理不尽だもんね  でもさ、深いトコロでの「同じ人種扱い」って、めっちゃ厄介なのだよ  細かいトコロでの価値観の相違はある、と軽く認めるくせに(異姓の好みとか食の好みとか)根本的な価値観の相違に、親って絶対気づかない、いや、信じようとしない   遺伝する、だから、やっぱりいろんなところが似るし、子供が育つ環境の中で常に親は近くに存在してるわけ(そりゃ例外もありますがね)だから、影響を激しく受けるんだろうけど、でもね、やっぱり全く違うひとりのヒトなんだから・・・あー、気づいて、「愛」てモノがあるからこそ近く感じすぎてる傾向にあるぞ、「親」ってヒトたちは

絢花は一時期、クリスチャンに本当になろうかな、って考えた時期が、ある

みんな神の子  親も神の子 子も神の子 親も子も神がひとりひとり違う存在として作った   その教えは、当時の絢花の救いでしたな  単純でしょ?笑  不安定すぎて、そこだけにかじりついて自分を生きていかせようとしてた

G・Pは、「その辺のチャラ女みたい」と私を戒め、品を保て、と言う  爆笑するっきゃないよね その辺のチャラ女みたいって、私はその、その辺のチャラ女なんだっつーの  何が違うんだ?何が「正しさ」よ?みんな生きてるだけですごいじゃん  ニュースでやってる派遣村につめかける派遣労働者を見て、ダメなやつら、と言えることが「正しさ」なのか  自分は「できる」から、「できない」ヒトが理解できないんだ  そんなのが、「正しい」のか  できないよ、何もできない、逃げたくてたまらなくて、薄汚く、逃げまわってるよ  ねえ、どうして「できる」ヒトって、自分はちゃんと考えてる、ちゃんと見えてる、って過信するの?  全然見えてないよ、もっと近くに、弱いヒトたちの闇があるよ  あなたたちの想像できない恐怖と苦悩とさみしさの闇があるんだよ

ああ、偏見だよ  絢花が「親」になったら、自分と子供の似ている点じゃなくて、自分と子供の違う点を、いつも発見してたい  「○○が私とそっくりね」  幸せか?別にいいけど、そのセリフが「同じ人種扱い」を象徴するコトバかもしれないと思うと、その幸せそうな一場面でさえ、嫌悪の対象になってしまう  遺伝は、するよ  でもね、全く違うひとりのヒトとして尊重し合って子供と接したい  理想論に聞こえる?親は子供に幸せになってもらいたいから必死に注意する?・・・分かりますよ、誰もが命を、自分の全てをかけて子供を育てるってことは       この世でいちばんあたたかいコトバをいつもかけてくれるのは親だってことは 

でもね、深いトコロから、エゴが、湧き上がりすぎなんだよ

根本的なトコロで、どこか、「私の」子、っていう概念があるんだよ

理想論だろうけど、理想を唱えていかないと、変わらないよね  まったく違う、ひとりのヒトなんだよ   同じじゃない、同じじゃないんだよ   G・Pみたいに、絢花はエリートじゃないし、健全な道も望んでない  まだまだ、諦め悪く、悩んで、自己破壊してたいんだよ  私はまだ、変わる気は、ないんだ  たかぎ 絢花

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