あけましておめでとうございます めでたいことなど何もないが、命があって今とりあえず一年をこせたことにとりあえずめでたいと言っておこう・・・みんなそんなものですよねー
そこらのあばずれみたい
G・Pが仰せになりました
グレート・ペアレント。
そうです、絢花は両親と子供が同じ人種だという固定概念に反対派なので、敢えて言いますが、絢花の両親はまさにG・Pです ココロから尊敬してるのは確か でもね、「親」という立場のヒト誰もが気づかないうちに持っているその固定概念に、狂乱するほどの嫌悪を抱いたのは、もう7年前なんだよ
露骨に教師の親が子供に教師になりなさい、とかいう次元の「同じ人種扱い」なら、反抗のしようもありますわな だって露骨に理不尽だもんね でもさ、深いトコロでの「同じ人種扱い」って、めっちゃ厄介なのだよ 細かいトコロでの価値観の相違はある、と軽く認めるくせに(異姓の好みとか食の好みとか)根本的な価値観の相違に、親って絶対気づかない、いや、信じようとしない 遺伝する、だから、やっぱりいろんなところが似るし、子供が育つ環境の中で常に親は近くに存在してるわけ(そりゃ例外もありますがね)だから、影響を激しく受けるんだろうけど、でもね、やっぱり全く違うひとりのヒトなんだから・・・あー、気づいて、「愛」てモノがあるからこそ近く感じすぎてる傾向にあるぞ、「親」ってヒトたちは
絢花は一時期、クリスチャンに本当になろうかな、って考えた時期が、ある
みんな神の子 親も神の子 子も神の子 親も子も神がひとりひとり違う存在として作った その教えは、当時の絢花の救いでしたな 単純でしょ?笑 不安定すぎて、そこだけにかじりついて自分を生きていかせようとしてた
G・Pは、「その辺のチャラ女みたい」と私を戒め、品を保て、と言う 爆笑するっきゃないよね その辺のチャラ女みたいって、私はその、その辺のチャラ女なんだっつーの 何が違うんだ?何が「正しさ」よ?みんな生きてるだけですごいじゃん ニュースでやってる派遣村につめかける派遣労働者を見て、ダメなやつら、と言えることが「正しさ」なのか 自分は「できる」から、「できない」ヒトが理解できないんだ そんなのが、「正しい」のか できないよ、何もできない、逃げたくてたまらなくて、薄汚く、逃げまわってるよ ねえ、どうして「できる」ヒトって、自分はちゃんと考えてる、ちゃんと見えてる、って過信するの? 全然見えてないよ、もっと近くに、弱いヒトたちの闇があるよ あなたたちの想像できない恐怖と苦悩とさみしさの闇があるんだよ
ああ、偏見だよ 絢花が「親」になったら、自分と子供の似ている点じゃなくて、自分と子供の違う点を、いつも発見してたい 「○○が私とそっくりね」 幸せか?別にいいけど、そのセリフが「同じ人種扱い」を象徴するコトバかもしれないと思うと、その幸せそうな一場面でさえ、嫌悪の対象になってしまう 遺伝は、するよ でもね、全く違うひとりのヒトとして尊重し合って子供と接したい 理想論に聞こえる?親は子供に幸せになってもらいたいから必死に注意する?・・・分かりますよ、誰もが命を、自分の全てをかけて子供を育てるってことは この世でいちばんあたたかいコトバをいつもかけてくれるのは親だってことは
でもね、深いトコロから、エゴが、湧き上がりすぎなんだよ
根本的なトコロで、どこか、「私の」子、っていう概念があるんだよ
理想論だろうけど、理想を唱えていかないと、変わらないよね まったく違う、ひとりのヒトなんだよ 同じじゃない、同じじゃないんだよ G・Pみたいに、絢花はエリートじゃないし、健全な道も望んでない まだまだ、諦め悪く、悩んで、自己破壊してたいんだよ 私はまだ、変わる気は、ないんだ たかぎ 絢花
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